nidのブログ

父LOVE♡_Last・旅立ち_Believe in the day of smiles♪


2020年8月に転倒しくも膜下出血、記憶を失ってから今にいたる父LOVEブログです。大変迷いましたが最後まで書き留めようと投稿させていただきます。

※両親の認知症もし倒れたら、介護入院引越し、末期など私が今回体験したことが、同じような境遇にあった時、何かのヒントやご参考になればと家族のブログを綴りました。
そして、レイキの生徒様、レイキヒーリング自然療法姿勢矯正ウォーキングマインドフルネス瞑想を実践されたりご興味おありの方にもご参考にしていただければ幸いです。

(1.転倒した時のブログはこちら/2.県をまたいでの唯一の転院先がnidの目の前ブログはこちら/3.トラック2台分の大引っ越しと大断捨離ブログはこちら記憶も笑顔も戻ったブログはこちらいのちのを支えるスープブログはこちら)

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入院から約半年、記憶も笑顔も食欲も戻り落ち着いていた父は2月末から飲食が出来ぬようになりました。主治医の許可を得て、いのちを支えるスープを朝昼晩と届け昼だけは食事介助を許されてから約一ヶ月、希望だけは持ち続けよう!と朝活の2021年4月8日の昇る朝日です。

太陽の宇宙のエナジーよ届いて!と祈ります。

父の様子が急速に悪化しているので病状を早めに知りたく、主治医に面談を頼みこの日の11時に話を聞きました。
肺炎を起こしていました。4/8のレントゲン写真の左胸が真っ白です。

もう飲食は無理との事、残された道の一つ、中心静脈栄養という首近辺の太い血管から高カロリー栄養を入れる方法を急遽選択しました。これは「拘束」が条件だったので父が嫌う手段だったのですが、動くこともできなくなった今なら出来るという判断です。栄養が入れば状態が良くなるという希望です。

すぐに中心静脈栄養の為の治療に入るという事で、お昼のスープとおかゆは出すことができず、せめてもと面談の許可をもらい短い時間父と会うことができました。

酸素吸入をしているので、会話は難しくそれでも心の言葉を聞くことができました。
コロナ下なので長居できません。
いつ、そろそろ帰ってくださいと言われるかナースセンターを見ながら父の側にいました。
その様子を感じて苦しそうに「モーイッテイイヨー!」と言ったすぐ後に、
「マッテ、モウチョット!」と手をぎゅーっと、ぎゅーっと握り返します。
私は精一杯の笑顔でたっぷり父に触れ、コロナ下だから‥と自ら病室を後にしました。
今思えばもっともっと父のそばにいたかったです。

※教訓4です。
一緒にいたかったら、こらーっ!帰りなさーっ!と怒られれるまで居てみましょう。

エレベーターに乗る帰り際、厳しい看護婦さんに「もう良くなることはありませんよ。お母様、ガッカリして帰られたけど、大丈夫ですかね〜?」と大きな声で言われました。
私はびっくりして希望を失い「いえ、大丈夫じゃないと思います」と答えました。

※教訓5です。
もし心ない言葉を言われても、気にしないようにしましょう。逼迫した環境で働く方々の中には日常の出来事として写っているのかもしれません。

その約12時間後、9日夜中の1:32に病院から電話がありました。
母、主人、次男の4人ですぐに駆けつけました。
主治医が到着し、確認されました。

父は旅立ちました。

中心静脈栄養を入れれば良くなると思っていたのに、急な展開にショックでしたが、
この時が、その時だった事もわかりました。

この数日前から父の為に引いたルーンは何度も「イヤー(終焉)」が出ていたのです。
大変痛み苦しんでいたので、「父が苦しみから開放されますように」と祈っていました。

そしてこの日の朝、なぜか葬儀場のチラシが入っていたのです…。
後で知ったのですが、そのチラシは年に3、4回ポスティングされるだけのタイミングだそうです。

病院スタッフの方に「葬儀屋さんは決まっていますか?すぐに連絡をとってください」と言われ、
はっ!と思いダッシュで家に帰り病院に戻り電話しました。すぐにお迎えがきて、父を連れて行ってくれました。

その後は、まだ信じられない気持ちと裏腹に全てが驚くほどスムーズに進みました。葬儀のスタッフの方々は細部まで心尽くし、私達の気持ちを汲んでくださる優しい方々で本当に救われました。

コロナ下なので妹の家族だけに来てもらっての家族葬となりました。
晴天、緑鮮やかな中、暖かな優しいそして思い出話に笑ありのセレモニーでした。

お昼に全て終わったのですが、やはりコロナ下、第四派も来てるので会食は無しとしていました。

妹家族と別れた後、帰路途中の車で電話があり「平塚に美味しい鰻屋さん、あったわよね、行ってみようかな」というので、いくつか美味しいお店を教えました。

鰻重…我が家の家族も大好きです。父の大好物でした。電話を聞いていた車中の全員が鰻重モード。鰻重食べたい人ー!はーい!と全員一致で鰻重弁当を車から発注です。
一旦帰宅し、頼んだ鰻屋さんに行くと、妹家族がお店で注文していました。またそこで再開し「お父さんの采配ね♡」と大笑い、私たちは家で鰻重弁当を父を偲んでいただき、妹たちは同じ鰻重をお店でいただくさよならランチとなりました。

一緒にこの海を見ることができますように、という願いは父の笑顔を思い出すことで叶います。

昔は父はとてもハンサムだったそうです。その後の母の部屋は、父の若い頃の写真や思い出の品でファンクラブ状態です♡。

この日のアンの小径の写真を見て、シドニー在中の写真家の友人が「湘南海岸公演が天国のように見えます♡」とコメントしてくださいました。私は父を思いながらウォーキングしていたので…彼女に目にはそれが写ったのですね。

『おとうさんはだいすきです
きょうはおとうさんがかえってきたときに おどかしたら びっくりした
ふゆやすみもきょうでおわり げんきにようちえんにいきます』

51年前の私が幼稚園の時の日記と私を抱いて嬉しそうな笑顔の父との写真です。日記は母の勧めで書いていました

昨年8月から今にいたる父LOVEブログはこれで一旦終わりです。

長く、時には重いブログを最後までご覧くださり、本当にありがとうございました!

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以下は医師法、薬事法にならい、あくまでもリラックス、健康法としてご紹介しています。
今回大きな力となったのは
レイキヒーリングです。
浄化したりパワーアップ、手や背中、頭に自然に手を触れレイキしたり、オーラクレンジングです。
レイキ未来設定では、最適な行動を取れるよう設定したので、動くことができました。
自然療法のハーブ、フラワーエッセンス、アロマはメンタルケア、コロナ対策で活用しました。
そしてマインドフルネス瞑想継続の力「平常心で関われる強力なメンタル」が存分に発揮されました!

学んでくださった生徒様、ご興味がおありの方とどのように活用したかや、アフォーメーションの仕方、具体的自然療法、マインドフルネスの力などシェアしたいと思います。